バックナンバー:6 2002/02/28


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ドイツの教育について(その2)「音楽教育」

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クラシック音楽が盛んなドイツでの音楽教育はさぞかし素晴

らしいのかと思いきや、小学校、中学校の音楽の先生は不足

していて音楽の授業が無い場合もある。あっても週1時間は

日本と変わらない。では内容はどうであろう?

 

これも、たいした事が無い。

 

ドイツでは1クラスの人数が1220名。多くても25名を超え

るという事態はめったに起こらない。そんなクラスの中で習

い事として音楽をやっている人は多くて5人。日本と比較す

るときっと音楽を習っている人の確率はドイツの方が遥かに

低いに違いない。

 

これだけ素晴らしい芸術を保持し続けているドイツでの底辺

が少ない。それでも水準は保ち続けているのはどういうこと

なのか不思議に思える。何かが日本と違うはずである。

 

環境が違う。子供たちがクラシック音楽に接するチャンスは

日本の子供たちに比べると遥かに大きい。子供の為の音楽会

はシーズンに34回は我々のオーチケストラで行っている。

オペラ「ヘンゼルとグレーテル」「魔笛」或いはバレエのプ

ログラムは結構子供達で一杯になる。生の演奏を聞くという

ことを、また歌劇場に出かけるという習慣を身に付けるとい

う事を子供の時からできる状況にあるのがドイツである。そ

してそれにかかる費用もわずかである。

 

歴史が違う。それは確かな事ではある。皆さんはクラシック

の作曲家でLachnerをご存知でしょうか? 弦楽器と管楽器と

の八重奏で素敵な曲を書いています。その孫娘が私がデトモ

ルトの音楽大学で勉強している時に一緒でした。或いは、だ

れだれのお父さんはどこどこの指揮者である。とか、そうい

う事は日常茶飯事です。図書館に行けば作曲家のオリジナル

の楽譜がマイクロコピーで見られます。中にはまだ楽譜とし

て出版されていない曲も数多くあります。BonnにはBeethove

nの家があったり、ハンブルクの教会にはBachの息子が眠っ

ていたり、ミュンヘンの近くのアンデックスという所にある

教会には「カルミナ・ブラーナ」を作曲したオルフが祭られ

ています。(ここは実はビールが有名で、私は黒ビールを飲

みにいったらオルフの祭壇に出くわしたのでした)等、有名

な音楽家がその辺に身近に感じられることも確かです。(ビ

ールがあるから、ではありません。)

 

そんな環境が作り出す音楽教育援助システム、政治の姿勢等

が決定的な音楽水準の差を作り出しているのかもしれません。

 

ドイツでは音楽大学に限らず、大学はほとんどが国立です。

そして授業料はただ同然です。ヨーロッパ各地での音楽祭や

講習会の数は把握できないほどです。

 

一般的に底辺は少ない音楽の世界ですが、音楽を勉強する人

にとってこれだけ盛りだくさんに教育援助をしている。例え

ば音楽大学の数。ベルリンに3つ、ハンブルク、リューべック、

ハノーヴァー、デトモルト、ケルン、フランクフルト、フラ

イブルク、ミュンヘン・・・・・。ここに優秀な教授陣が集

まって後進の指導に当たっています。大学生だけでなく、優

秀な大学受験生にも同じような授業を受けられるシステムが

あります。

 

コンクールも数多くありますが、ここでは青少年コンクール

について書いてみたいと思います。毎年対象になる楽器が変

わりますが、音楽大学に入学している人を除いて、誰でも気

軽に受けられるコンクールです。日本に例えると「のど自慢」

の様な物です。地域予選があり、県予選があり、全国大会へ

と登っていきます。先日我が娘たちも出場いたしました。2

人とも第一位を獲得し次の予選の出場権を得ました。と書く

と「うわ〜!すごい!」と思われるかもしれません。しかし、

参加者41名中第一位を獲得したのは19名です。私がここ

であえてこの事をご紹介したかったのは、このようにして子

供たちに勇気を与え、自信をつけさせ、さらに賞金・賞品を

与え、音楽をすることを推奨するシステムがすばらしいと思

うのです。しかし、これは地域予選だけの話です。県大会、

全国大会になると事情は普通のコンクールと同じです。

 

もっと決定的に日本と違うことは、文化に対する国民の考え

方です。ホームページのコーヒーブレイクでも書きましたが

ドイツには私がいるブレーマーハーフェンのような小さな都

市にも歌劇場があり、地方公共団体が税金を使って運営して

います。ドイツにはちなみに132のオーケストラと7つの室内

楽団があります。この圧倒的な数のプロ・オーケストラが、

或いは歌劇場が、放送局がドイツの音楽水準を決定的に保ち

推進していく原動力になっているのは疑う余地がありません。

 

このプロの幅の広さがあるからこそ、学生は懸命にそれに近

づこうと努力もするでしょうし、プロを目指すことができる

のだと思います。世界で一番音楽家のプロの多い国がドイツ

です。ただし一言付け加えますとその水準を保っているのは

ドイツ人だけでなく外国人の力も大きいことは確かです。そ

して、水準を保つためにそれを黙認しているのがドイツ国民

であり、政治であるわけです。だからこそ世界中から優秀な

音楽家をドイツに吸収しているのが現状です。

 

先日オリンピックのアイスホッケーの試合で多くの選手はア

メリカのプロリーグの選手でした。そのプロ達が自国の為に

あっちこっちのチームから集まった。もっと簡単に言ってし

まえばプロリーグを国別に編成しなおしたようなものでした。

 

オリンピックにオーケストラ部門を加えたら、結構同じよう

な事が起こりそうです。ドイツからほとんどの外国人が自国

の選抜楽員としてナショナル・オーケストラ・チームに参加。

いつも隣で演奏している仲間と腕を競うことになりそうです。

 

日本が文化に力を入れようと思うのなら、それ相応の金額を

そこへ投資する必要があります。そしてその投資はお金を生

む投資ではなく、国民の文化水準を保つための投資です。人

間国宝も良いでしょうが、プロとしての受け皿を多く用意す

ることがその文化を維持していく条件だと私は考えます。

 

IT部門のアメリカを考えていただければお分かりいただける

ことと思います。IT関連企業はアメリカが世界をリードして

います。学校教育からそういうシステムを作っていると思っ

ている人はいないと思います。要するにお金で世界中から一

流の技術者をアメリカに吸い寄せているのです。

 

ずいぶんと話が飛躍いたしましたが、音楽教育に関しても、

学校での教育が決め手ではなくて、どれくらいプロを受け入

れる事ができるかがその分野でのスペシャリストを養成する

大きな鍵になっているのではないでしょうか?

 


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